2017-03-02

若さの埋葬

現代詩と呼ばれるものを毎日書いてほぼ三年が過ぎた。さまざまなことが起こった。だれの人生とも同じような退屈な毎日のくりかえしだった。一方社会は大きく動いているように感じられた。だが社会が食べ物を恵んでくれるわけではなく、税金を払っていても事故や天災から守ってくれるわけでもない。社会が変わろうが(あるいは大統領という大家が変わろうが)飯の種を稼ぐ行為は変わるはずもなく、水は今日も高いところから低いところへと流れ続ける。

一方、書くことはおもしろい。一円の対価も(ほぼ)なくともおもしろい作品はおもしろい。このおもしろさをわたしから奪おうとする人間こそがわたしの敵であり、それはかたちのない「世間」という形をしている。創作に携わる者すべてがたたかっているものとわたしもたたかっている。しかしもちろんかれらを応援することなく、仲間も必要としていない。そんな連帯になんの意味もない。この考え方をある詩人は「旗を振りません」と表現した。

昨日、SS新人賞の選考委員R・K氏の新人賞授賞式でのことばを某誌で読んだ。知己のH氏が紹介していたが、「とくに男性詩人は、自分の一番弱い部分を隠さずに言葉にしていってもらいたい」というものだった。わたしはしばらく雑誌の頁を開いたまま考え込んだ。というのも、「自分の一番弱い部分」をことばにして、はたしてそれがおもしろいかどうか、わたしは常々疑問に思っているからだ。ネットにあふれる「告白」や「反省」や「体験談」のつまらなさ、退屈さ(あるいは、告白を装った卑劣な身振り)を見れば、読者諸氏にもわたしの疑問が伝わるのではないかと思う。

ただおそらく、書いておくべきことはあるのだろう。わたしが何度も核心的なモチーフにしている「洋子」=「Y」は、産まれることが許されなかった子の仮の名前だ。ほんとうに女の子であったかどうかは永遠にわからないが、手術のあった日の夜に夢を見た。夢の中では女の子が舟に乗ってながれていた。その時ふしぎと、ああ、女の子だったのかもしれない、と思った。

わたしはつい最近まで、自分には経済的な理由で産むことができなかった最初の子供がいた、ということを忘れていた。子供をころして自分は生きている。あるいは、ひとを不幸にしてなお自分はいきながらえている。そのことから眼を背けたかったのかもしれなかった。去年の春ごろのことだったと思うが、毎日詩作をしてゆく中で、夢の中で見たその子のことをはっきりと思い出した。そしてあの子をころしたわたしに生きる資格があるのか、と日々問うようになった。

答は出ていない。

わたしはもうひとつの問いをたてた。それは自分にもし経済的な力があったら、あの子を生かすことができただろうかと。その問いにはすぐに答が出た。おそらくむりだっただろうと。なぜなら出産とは相手がいなければ成立しないものであり、相手が「あなたのことが信頼できないから産みたくない」と言ったら、男はどうにもできない。ひとの気持ちを理解することが多種多様な失敗を経てはじめて可能になるのであれば、その遅延する理解の過程で命がうしなわれてしまうこともある。

答はないが、問いはあった。ひとは弱さや愚かさから、ひとを殺してしまうことがある。あるいは修復不可能なまでに傷つけてしまうことがある。いくら後悔してもとりかえしはつかない。ばらばらになったものはとりもどせない。ひとは、いや、わたしは、どのような理由によって、これから生きていくことがゆるされるのだろう。どのような理由によって、自分をゆるすことができるのだろう。

問いはある。そしておそらくR・K氏がいっていたのは、その不可能な問いに、<答えようとせよ>ということだとわたしは受け止めた。それがいかに滑稽で、みっともなく、恥ずかしいことであっても。

わたしはあの子を埋葬したいと思っている。

それは自分のおろかな若さを埋葬することでもあり、あるいは弱さにかたちを与えることであり、なにひとつ告白せずに<ほんとうにあったこと>を作為を経由して語りつづけることなのだろう。きっと、埋葬は不可能なのだ。あの子を生かしてやりたかった。

(2017年3月2日)

2016-05-24

答のない朝

毎日一文にもならない文章を書いている。そのうちのいくつかは依頼された文章だったりする。乾いた笑がこみあげる。めざしていたものになっても、それは過去に自分が想像していたものとは違っている。若いころは、彼女ができたり、結婚したりしたら、ひとりぼっちではなくなるのかもしれないと思っていた。そういう愚かさから自由ではいられない。だがその愚かさを克服できるだろうか。ひとは自分で考えるほど、利口な生き物なのだろうか?

窓の外はよく晴れている。iPhoneの画面で見るニュース録画で、中高年受けする化粧と服装をした女性アナウンサーが、全国的に真夏日だと言っている。社内で決定権を持っている男たちへの配慮なのだろう。大変だろうなと思う。男は男で、おもに下半身にまつわる大変さを異性に説明するのは無理だと思う一方、男の、男のための、男による組織(=社会)でいきていく立場の大変さ、というものを想像する。だが肌感覚でわかるかというとわからない。わからないことだけはわかる。

他人をわかろうとする動機はない、そもそも社会は、「私」のことをなにもわかってくれないではないか? そういう問いを発するこころの動きがある。ひとは誰でも、自分に起因しない要素が強いる生の条件に閉じこめられている。そしてその大変さは個別なものであり、これを他人が理解することはそもそもできない。だが――と思う。自分ではないだれかをわかろうとする姿勢なく、孤独を克服することができるだろうか。自分をすくうために、他人のためにいきるという道があるのではないだろうか。

机に山積みになった原稿と詩誌、壁に貼り付けた推敲中のメモ書きに囲まれ、うんざりしながら窓を開ける。仕事をしているうちに朝になっていた。検索すれば、あらゆることがわかったような気がする時代だ。秘められていた身体の部位はいついかなるときにも見られる環境が配備され、男女間のもめ事がありとあらゆる地平で露出し、元彼女や元妻や元浮気相手を撮影した大量の写真・動画が今日も明日も明後日も流出し続けている。下半身がなければ、私たちはもっと自由で、しあわせだろうか。

私は答をもっていない。答がなくとも、愚かであっても、朝はやはりやってくる。

(2016年5月24日)

2016-04-10

料理はひとを裏切らない

誰でも、取り戻せないものを持っている。誰でも、帰りたい場所を持っている。だが、もちろん取り戻すことはできない。だが、もちろん帰ることはできない。ゆえに、ただひたすら、この巨大な不能性、ネットと呼ばれるこの偉大なる空虚のなかに留まるほかない。赦しや希望なく。取り戻すことなく。帰る場所などどこにもなく。

料理はひとを裏切らない。これまでの人生で行ってきた努力、これによって培った技術に、常に、あらゆる場所で、思いもよらない形で裏切られ続けてきた。信頼した人間に裏切られてきた。自分自身に裏切られてきた。だが、料理は違う。

ざるで濾して弱火で丁寧に焼いた錦糸卵のしっとりした肌感。茹でたての蓮根を唐芥子の輪切りを浮かせた調味料に浸けたその朴訥でやさしい歯ごたえ。干し椎茸を戻しこれを出汁と一緒に煮丁寧に仕上げた傘肉の深く甘美な味わい。粗塩をふり、皮をぱりぱりになるまで炙り、小骨を取り除いてほぐした鮭。酢飯の上にこれらを並べて載せる一手間。つまりちらし寿司は美味というほかなく、自分よりも大きな何かに感謝したい気持ちになる。

料理だけが自分を救ってくれる――そうとしか思えず、今日も台所に向かう。煮干しと昆布の金色の出汁はありとあらゆる一皿に使える万能の調味料であり、さまざまな具材の個性をぶつかり合わせることなく、逆に活かすことができる潤滑油であり、対立ではなく調和をもたらす魔術的な素材でもある。どこにも居場所がない自分の人生にもこのようなものが必要なのではないか、と思う。思うだけでもちろん実現しないが、一瞬そういう夢を見る。

最初に包丁を持って料理をしたのは十代の頃だった。その時作ったのは牛のタンシチューであり、なぜそんなものを作ったのか、作ろうと思ったのかよく憶えていない。湯がいた巨大な牛の舌をスライスするときにまな板の上に載せたが、長くくねる肉の塊が非常にグロテスクでいまもたまに夢にみる。その時、みにくいもの、気持ち悪いものはうまいということを、肌で学んだ。人間も同じだろうか。みにくいもの、気持ちの悪いものは、はたして立派な人間だろうか?

つまらない内省をしながら、今晩もまたまな板の前に立つ。本日つくるものはやや和風のビビンパである。具材は、粗塩を振り、強火で表面を炙った豚トロ、ニラの塩とごま油炒め、薄口醤油、酢、ニンニクすり下ろし、粉唐芥子で味付けした豆もやしのナムル、それからタレとして、ニンジン、タマネギ、ニンニクをすり下ろして少し煮詰めたものにコチュジャンとケチャップで味付けし作り置きしておいた肉用ソース。これら具材を少なめに持った丼の白飯の上に載せ、最後にじっくり弱火で黄身を半熟にした目玉焼きを載せて食す。

料理はいい。つくるとき、食べるとき、後片づけをするとき、または作り置きのために大量の野菜や肉の下ごしらえをするとき、満足と充足感を感じる。自分の努力が、料理本の読書が、包丁を握ってきた時間が、すべて料理の品質に即座に反映される。そんなものが他にあるだろうか。いやない。努力は基本的に報われぬものであり、なんの見返りも保証されない。料理は違う。皿が努力に応えてくれる。料理は差別をしない。料理には年齢も、容姿も、職業も、国籍も、年収も、なにも関係なく応えてくれる。

料理はひとを裏切らない。だが、自分はどうだろうか。ひとを裏切り続けてきただけでなく、いまも裏切り続けているだけでなく、取り戻せないものを取り戻そうとあがいているだけでなく、まるでネットに希望があるかのような嘘八百を今日も、明日も、明後日も、ならべて、書いて、嘘をついて、嘘を書いて、嘘ばかりで、赦されず、みにくく、ひとりぼっちで、気持ちが悪く、誰からも認められず、あこがれや尊敬とは無縁のどうしようもないネットなどといううつくしい国で、料理をして、書いて、料理をして、書いて、ただどうしようもなく、否だ、すべてが否だ!

(2016年4月10日)