2014-01-20

日本への進学を考える帰国子女のみなさんへ

ご卒業おめでとうございます。プロムはいかがでしたでしょうか。海外のご学友とのお別れパーティは済みましたでしょうか。さて本エントリは日本への進学を考えているみなさん、特に英語圏の高校等を卒業したひとびとに向けたものです。

といいますのも、日本に帰国された時、おそらく皆さんは大きなショックを受け、そして数多くの大きな困難に直面するであろうことが、あらかじめ予想されるからです。本エントリではいくつかの代表的な問題とその対処法について紹介してみたいと思います。


1.英語ができないフリをする

日本の皆さんは、かつての敗戦国という立場から、英語という言語に関して深い劣等感を抱えています。このため、「英語ができる」という立場にいる人間に対して、きわめて複雑な感情をいだいています。それはこころの深いところに刻み込まれた傷の一種なので、あなたたちが「なんでもう2014年なのにそんなに卑屈なんだ」と思ったとしても、一朝一夕で消えるものではありません。このため、通訳等止む終えない場所で喋る以外に、公衆の場で「英語を喋ること」は、絶対にやめましょう。

日本語を使っているとたまに英単語を入れたくなるときがあると思いますが、その際それをきちんとした英語の発音にしてはいけません。必ずカタカナ発音にしてください。例えば「コミュニティ」は一文字一文字カタカナを思い浮かべながら発音してください。とは言ってもすぐには無理でしょうから、NHKのアナウンサーのカタカナ英語発音等を参考にしながら事前に練習しましょう。日本語には絶対に英語を混ぜてはいけません。外国の友人から携帯に電話がかかってきたら「今電話に出られません」と小声で伝えてかけ直すようにしましょう。これは冗談ではありません。


2.男女は平等ではない

特に女性は気をつけなければいけませんが、日本は男女平等が実現した国ではありません。それはおそらく帰国した後すぐに理解いただけるものと思いますが、あらかじめ気をつけなければいけないのは、女性は男性よりも「下」とみなされているので、男性と同じように意見を述べたり、物怖じせずに発言したりすることは、女性の権利がきちんと認められたいくつかの先進国とは異なり、この国では品のない行為であり自分の「低い身分」をわきまえていないと思われるということです。

そしてそう直接面と向かって言われるならまだマシなのですが、あくまで建前上は男女平等の社会ですから、それは陰口として周りの人間すべてに伝わり、あなたの評判を下げることになります。女性は男よりも「下」の生き物である、という堅固な暗黙の前提の存在に、つねに注意を払いつつ、生きていくことが必要になります。学校で、会社で、組織で、あらゆる場所でそのことを常に思い出してください。圧倒的多数のマジョリティを前に、個人ができることは限られており、突出することにはそれなりの危険が伴います。これを日本語のことわざでは「出る杭は打たれる」と言います。帰国した男性のひとは、これまでどおり女性に敬意を払うようにしましょう。


3.日本語を学ぶこと

皆さんは今後、どこにお勤めになっても、「帰国子女」というレッテルを貼られ続けます。それは蔑称の一種であり、文字通りのハンディキャップとして機能していくでしょう。自分たちにはどうにもならない出生と来歴にまつわる差別とたたかうために、あなたたちは日本人よりも日本語について知っていなければなりません。漢字を書けなければ、きちんと読めなければ、日本文化について素養がなければ、「しょせん帰国子女だしね」と陰口を叩かれ続ける現実があるわけです。それは上記の劣等感の裏返しなのですね。

また皆さんは英語については読み、書き、聴き、話す能力があると思いますが、それと日本語を有機的に結合させていく力を育むことも必要となります。alternative と英語で聞いたとき、「あるものの代替としてXを用いること」と解釈するのみならず、さらにそれを複数の日本語「別の、代替品、それに代わるもの、二者択一的な」等に置換させることができなければいけません。皆さんのこころの中には二つの世界がありますが、分断されたその二つの世界に橋をかけなければいけません。それは日本を長い間離れた皆さんが強いられた課題です。それが欠点になるか長所になるかは皆さんの今後の努力次第です。


4.本音を言ってはならない

ほんとうに思っていることを言ってはなりません。この事実を、おそらく日本に帰ってきた皆さんは、まず保守政党である自民党の政治家の答弁からよく学べるでしょう。何かあるたびに「遺憾に思います」「真摯に努力をしなければなりません」「国民の皆様のご要望に誠実にお答えしていく」と繰り返すかれらは、もちろん実際に思っていることを何一つ言っていません。ある意味非常に洗練された言葉遊びの一種です。

きわめて日本的なかれらの姿勢から学ぶべきことは、この国では「本音」はつねに隠されているべきものであり、「建前」や「きれいごと」を述べることが、ありとあらゆるレベルにおいて推奨されているという厳粛な事実です。本音は隠しましょう。ほんとうに信頼できると思った相手にだけ、自分が思っていることを伝えるようにしてください。慣れてくれば建前にも複数の微妙な階層があることが理解できるようになります。この建前から本音を推察する行為を指して「慮る(おもんぱかる)」と言います。


5.ネットとは距離を置く

これはいまさら言うまでもないことかもしれませんが、日本語で思っていることをネットに書いたり、ツイートしたり、ブログに書くことは、できるだけやめておいたほうがよいでしょう。書くことをこれから専業にしたいと考えているひとを除けば、いまこのネットに書いていいことは何一つありません。あなたの意見がまともであればあるほど、誹謗中傷があなたを傷つけるでしょう。理由は簡単で日本の皆さんはたいていの場合本音を言いたいのを毎日我慢しながら劣悪な職住環境でじっと耐えたりしているので、まともで自由な見解がネットにあると、腹が立って腹が立って仕方がないのです。

だから必ず叩かれます。だから必ず中傷されます。陰湿ないやがらせを毎日のように受けるようになるでしょう。そしてそれによって得るものは何一つありません。沈黙しましょう。黙りこくりましょう。そしてそれが日本のほんらいの美徳でもあるのです。「みんな」と同じように我慢しましょう。我慢して、黙って、思ったことを何も言わずに、もし意見を求められたらにっこりわらって「私にはわかりかねます」と謙虚にお伝えしましょう。ネットの「空気」を読んで沈黙すべきです。そしてもちろんそれは日本社会を覆っている空気とほとんど同じものです。どうしても何か書きたいなら犬猫の写真や食事について書くことをおすすめします。


さて、それでも日本に戻ってきたみなさん。
さて、それでも日本が大好きだからかえってきたみなさん。

ようこそ、うつくしい国へ。私と一緒に繰り返してください、きちんとしたカタカナ英語で、きちんとした日本人の発音で、みんなと同じ顔をして、みんなと同じつくりわらいを浮かべて、みんなと同じように我慢して、みんなと同じように耐えながら、みんなと同じように沈黙を続けながら、鏡の前で be Japanese と。ようこそ、日本へ。おかえりなさい、日本へ。さあ、ご一緒に、ビー・ジャパニーズ――ビー、ベリー、ジャパニーズ。

(2014年1月20日)

参考記事:幼少期を海外で過ごすということ